インターハイの終了と、戸惑いの渦と?
著者:高良あくあ


*悠真サイド*

 そんなわけで、陸上競技の最終日。
 流石全国レベル、と言うべきか……陸斗は余裕で決勝に進出していた。

「凄いじゃん陸斗! 格好良かった!」

「サンキュ秋波。……でも、やっぱ決勝で勝たねぇと意味ねぇんだよなぁ……」

 当然のように呟く馬鹿。……その考え方が既に、勝利の味を覚えた人間のそれである。勉強は全く出来ないくせに、運動面では無駄に才能を発揮しまくる奴なのだ、本当。
 中学時代の運動会のリレーでは、ビリ状態からアンカーの陸斗だけで一気に抜かしまくって一位になったという伝説すらある。
 ……伝説と言うか、事実なわけだが。

「ところで羽崎君、中学の時も全国大会とかに出ていたんですよね? ライバルとか、いるんですか?」

 紗綾の問いに、陸斗は大きく頷く。

「いるっつーか……同い年で俺と張り合えんの、多分そいつだけだぞ」

「どれだけ自意識過剰なんだよ」

 思わず突っ込むと、陸斗はわざとらしく目を逸らす。
 陸斗のレベルが物凄いのも事実だが、ここら辺はもう少し学んでもらいたいところだ。

「で、もうその相手とは戦ったの?」

 今度は海里が訊ね、陸斗は否定。首を横に振りながら答える。

「今んとこ当たってないけどさ、間違いなく決勝でぶつかるよなー」

「それは……そうだろうね、それだけの実力者なら」

「どうしても勝ちたければ、『そういう類』の薬ならいくつかあるわよ」

 部長が冗談っぽく言う。

 ……表記としては、『薬』というより『クスリ』って感じだろう。冗談なのは分かっているが、部長が言うと本気で陸斗に飲ませそうである。しかも無理やり。
 何が恐ろしいって、この人の作ったものなら検査とかも難なくすり抜けてしまいそうなところだ。

 陸斗はまた首を横に振る。

「いいっす。実力だけで十分なんで」

「お前……自意識過剰にも程があるだろ」

 呆れ混じりにそんなことを呟く。

 と、

「まったくだな。それで負けたら物凄く恥ずかしいだろうな?」

 俺の言葉を肯定する声が、後ろから響く。俺達は一斉に、そっちを振り返る。


 ……ズキッ、と。

 その相手を見た瞬間、頭の奥に鈍い痛みが生まれた。


*海里サイド*

「出たな元倉! 負けるのはテメェの方だ!」

「はっ、言ってろ。今年こそ俺が勝ってやる」

 現れた相手……僕達と同い年くらいであろう男子と、親しげに言葉を交わす陸斗。

 僕は頭を抱えている悠真の方に視線を走らせ、そして森岡さんの方を振り返る。

「(まずい、かもしれませんね)」

 彼女が、唇の動きだけでそんなことを言ってくる。僕は軽く頷き、再び陸斗が話している相手の方へと視線を移す。

 そこで彼、そして陸斗が僕達の方を向く。

「あ、海里、それと悠真達もだな! コイツがさっき話したライバル――元倉颯太(もとくら そうた)だ。どこか忘れたけど、ここから結構遠い県に住んでるらしいぞ」

「どこかって陸斗、それくらい覚えておこうよ……」

「……知っているよ」

 呆れるのは瀬野さんに任せ、呟く。彼は僕達の方を見て、その目を見開く。

「あれ!? 海里じゃん。悠真と紗綾ちゃんも……久しぶりだな」

「……って、何よ、貴方達知り合いなの?」

 躑躅森先輩が驚いた表情で僕達を見る。悠真が怪訝そうな表情をし、同時に頭を強く押さえつける。

 僕は嘆息し、声を抑えて悠真に呟く。

「颯太は小学校の二年から六年まで同じクラスだったよ。卒業してすぐに引っ越したから、それ以来会っていない。どう、思い出せた?」

「……っ……あ……元倉颯太、か?」

「何だよお前、当たり前――あ」

 悠真の問いに、今度は颯太が怪訝そうな表情をする。それはすぐに何かに気付いたような表情へと変わり、僕に向けられる。
 僕は首肯。会っていなくても、何が起きたかは全て知らせてあったから。

 颯太が何か言おうとしたところで、決勝に出る生徒に集合がかかる。

「あ、やべぇ……行くぞ羽崎」

「了解! 戦えねぇと話になんねぇし」

 二人が走って行く。……どうでも良いけど、決勝の直前なのにあそこまで全力疾走で良いのかな。いや、あれでも二人にとっては軽い方なのだろう。

「ってことはあたしも部活の応援の方に戻らないとか。それじゃ先輩も紗綾達も、また後で」

「あ、はい」

 瀬野さんの言葉に森岡さんが頷き、瀬野さんも吹奏楽部の方へと走って行く。

 ……これで、事情を知らない人は先輩だけか。だけど先輩は大体見当がついているみたいだし、今の悠真を放っておくとは思えない。後で説明すれば良いだろう。

 僕は悠真に視線を向けた。

「大丈夫? 悠真」


*悠真サイド*

 海里が訊ねてくる。
 が、答える余裕なんか無かった。

「っ……」

 呻き声を何とか押し殺す。

 颯太のことは思い出せた。小学校のとき、四年間同じクラスで、陸斗と似たような性格で……『俺達』とは比較的仲が良かった相手だ。それは思い出せた。

 なのに、まだ痛い。

 思い出したはずなのに、まだ頭はズキズキと痛む。

 俺はまだ忘れていると、大切なことを思い出せていないと、そう言ってくるような――


*紗綾サイド*

 部長さんが訝しげに私達――私と灰谷君に訊ねてくる。

「一体どういうことなのよ? これ」

「……何、でも……無いです」

「そんなわけ無いでしょ馬鹿」

 悠真君の途切れ途切れの言葉に、部長さんは即答。

 灰谷君が嘆息し、悠真君には聞こえない程度の声で部長さんに囁く。

「事情は後で……と言うかまた今度説明します。ただ、とりあえず悠真は……こうなったときは痛みが治まるまで安静にしていなきゃいけないと言われているはずなんですが」

「オッケー、要するに黙らせれば良いのね」

 部長さんが軽く頷き、鞄から透明な液体の入った小さな瓶を取り出す。

「悠真」

 悠真君は部長さんの声に、苦しそうに顔を上げる。

「ちょっと寝ていなさい」

 その顔に、瓶に入っていた液を吹きかける部長さん。どうやら瓶は霧吹きなどと同じ構造になっていたらしい。
 一瞬だけ驚いた顔をし、すぐに脱力する悠真君。

「黙らせたわ」

「黙るんじゃなくて眠っていますよね、これ……」

 思わず苦笑する。灰谷君……ああ、悠真君が眠っているならもう意識しなくて良いだろう。海里君が部長さんの手に握られている瓶を指差す。

「ところで先輩、それは……」

「ああ、これ? 睡眠薬と言うか、麻酔と言うか……私が作ったものよ。当然即効性で副作用の類は一切無し、分量も体格による変化は殆ど無し。効き目も同じく。これは大体二十から三十分くらいかしら。まだ試作段階だから発表はしていないけど、安全なのは十分確認してあるわ」

「……どうしてその才能を、普段は悠真を脅したりからかったりするのにしか発揮しないんですか」

 海里君が呟く。

 ……こういうときは本当に、部長さんは天才なんだと実感する。

「あら、いつも普通に発明とかしているわよ? ただ、悠真を脅すときには失敗作や遊びで作ったものしか使わないだけ」

「そうですか。…………似ているなぁ、本当」

 海里君が寂しげに呟く。凄く同感。本当に、『あの子』にそっくりだ。

「さて、とりあえず悠真をどこか人目に付かない場所にでも運ぶわよ。ここだと目立つから。手伝いなさい海里」

「あ、はい。って、どうして僕だけ……」

 海里君がぼやきつつ、悠真君を引き摺っていこうとする部長さんを慌てて止める。

 ……何も聞いてこない辺り、やっぱり部長さんは何か知っているんじゃないかと……そう思った。


*悠真サイド*

 目を覚ますと、紗綾が心配そうに覗き込んできた。

「悠真君! 大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」

 どうやら俺は壁にもたれて座っていたようで、少しだけ体を起こす。
 頭痛はもうすっかり治まっていた。……慣れている痛みとは言え、今回のはキツかったな……颯太の奴。

 とりあえず、紗綾にいくつか質問してみる。

「えっと……ここ、どこだ?」

「応援席の下に、少しだけスペースがありましたよね? そこです。あ、競技はもう終わって……そろそろ選手の人達も解散だったと思います」

「部長と海里は?」

「二人とも応援席です。悠真君がもう動いて大丈夫なら、私達も戻らないと……」

「あ、そうだな。うん、もう大丈夫だ」

 立ち上がり、紗綾についていく。

 ……その背に。

「紗綾、もう一つだけ……俺が倒れたと言うか、様子が変になったこと……海里辺りから、何か聞いたか?」

「…………悠真君の持病、みたいなものだと。それだけです」

「そっか」

 嘆息。……持病、か。確かに間違っちゃいないけどな。

「……よし、早く戻るぞ紗綾。あまり部長や海里に心配はかけられないしな」

「そうですね」

 紗綾が見せた笑顔はいつも通りで……でも、どこか悲しげだった。

 ***

 帰り道。紗綾を家まで送ったら、そこからは俺と海里だけになる。

 隣を歩く海里に向かって、呟く。

「……いつか、全部話したほうが良いんだろうな。紗綾に」

「さぁ? それを決めるのは僕じゃなくて悠真だし。それに……」

 言葉を切る海里。……前にもこんなことが無かったか?

「それに、何だよ?」

「何でも無いよ」

 ……駄目だ、深く追求したところで、海里に口論で勝てるわけが無い。

「あー……なら良い」

「うん、それが賢明。……ところで、明日陸斗がうちに来るらしいんだけど」

「は? 何で……あー、課題。手つけて無さそうだな、あいつ」

「そうだね。で、悠真も来る?」

「ああ、行く。海里と答え合わせとかしておくと安心だしな」

 八月は、そうして……何事も無かったかのように、静かに過ぎていくのだった。



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